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「エレベーターガール」ノススメ 

 タイトルを見ると相変わらずのマーガレスらしさですが、勿論オススメのエレベーターガールの紹介なんていたしません(汗)
(そもそもこのカテゴリーで書く話ではないですし……)

 今回のタイトルの所以は「エレベーターでの助け合い」をこの言葉で表現しております。
 ということで、こちらについてのオススメをして参りましょう。


●「譲り合い」と「助け合い」

 突然ですが、この二つの違い、分かりますか?
 自分の解釈ですが、この二つは似ているようで、別のモノだと思っています。
 今回のお話では、以下のように解釈してください。

「譲り合い」
 こちらは誰かを助ける、という部分を含んではいますが、行う行為に利益、不利益が絡んでいるものを指しているものです。

・自分の持つ利益を相手に与える
 (自分の座っている電車の席を誰かに譲る等)
・お互いが手にしようとする利益を譲りあう
 (空いた席にどちらが座るか、立っている人同士でゆずリアル)
・自分に不利益を被せないために立場を譲る
 (面倒な仕事を任せられそうな人たちの間で、やる立場を譲り合う)

「助け合い」
 こちらは、利益、立場を問わず、自分が助けようとするものを指しているものです。

・自分の利益を相手に与える
 (被災者への義援金)
・困っている人に手をさしのべる
 (迷子の人に道を案内する)
・自分の不利益を気にせず助ける
 (相手の愚痴を聞いてすっきりしてあげる)


 こうやって見比べてみましたが、どちらも(不利益を避ける「譲り合い」を除けば)、相手を思いやる所は一緒だと思います。


●人の思いやりの本質が見える「助け合い」の場所とは?

 では、人が思いやりを感じる場所ってどこでしょう。
 ぱっと思い浮かぶとしたら、ACのCMでもやっていた、電車で席を譲るであるとか、町中で困っている人を助けるといったものじゃありませんか?
 確かに、こういう目に見えて行動を起こし、その結果感謝されるものも勿論その人の思いやりや易しさが見えると思います。

 ただ、自分は思うのですが、人がささやかな思いやりを見せ、それを周囲が感じない(されることが当たり前と思う)ものの方が、その本質って見えると考えています。
 理由は単純で、感謝されるための行為ではないからです。
 やはり人は対価、利益があったほうが、その行為をしたいと感じることは多いんですよ。
 例えば利益を譲る行為でもある席の譲り合い。
 でも、譲ってあげた側は、感謝されるのを期待していませんか?
 勿論善意ですのでそれは問題ないのですが、これもまた、利益を失う代わりに対価を得ているわけです。

 そういう意味では「譲り合い」よりも「助け合い」の方が本質は見えると思っています。
 利益がなくてもその行為をするのは、やはりその人が自然とそれをできる人じゃないと難しいですから。

 では、人の「助け合い」が発生し、思いやりの本質が見える場所は?
 ……ここまでくれば勿体ぶる話ではないのですが、これこそタイトルに一部見えている「エレベーター」だったりします。

 エレベーターは「指定階に移動するために乗る」だけのもの。
 実際単純なボタン操作でさくさくと移動できるため、お手軽でもあります。
 そして、この中では実は、ささやかに人を助ける行為が展開されているのです。


●エレベーターでの「助け合い」とは?

 エレベーターが一番人の「助け合い」が見えると思っている理由。
 それは、エレベーターでの「助け合い」は自然と、当たり前に行われる行為だからです。
 ただ乗っている人は気づかないことも多いですが、誰かが操作するのが当たり前で、その操作をしてもらっているので、あまり感謝の気持ちを持つことはないでしょうし、エレベーターの操作をする人も、対価の感謝は期待していないのですよね。
 だからこそ、人を助ける行為が自然にでる場所であり、一番見える場所なのです。

 さて、ではどのような行為が思いやりを感じさせるのか。
 これは人が多く乗るエレベーターで観察すれば分かります。
 自分なんかは派遣時代から結構大手企業のビルに出入りしてますから、本当によく見た光景なのですが、エレベーターを待ち、ドアが空いてから、その「助け合い」をする人、しない人がはっきりするのですよ。

 基本的にはだいたい乗る人のパターンは2パターンしかありません。
 これは単純にエレベーターのボタンの前に行く人と行かない人です。
 では、これで思いやりが見えるのか? と思いますが、自分はまず、率先してエレベーターのボタンの前にいく、というのが第一条件にあがります。

 人が多いほど、エレベーターのドアは開け続けなければいけません。
 センサーはありますが、勝手にドアは閉まってしまうので危険だったりはしますしね。
 また、人がいない場合も、ドアが閉まる直前に入りたい人を見かける場合もあります。
 こういった時、「助け合い」が可能なのが、ボタン前にいる人なんですよ。
 ですから、この場所を取る、ということは、その責任(というほど大それたものではないですが)を負う事になります。

 これ、「最初には行った人が大概行くのでは?」と思う方も多いと思います。
 実際自分も最初はそう思ってました。
 でも、よくよく観察すると、自分の階だけ押して、エレベーターの隅に移動する人、結構多いのですよ。
 人のテリトリーの意識で隅を選ぶというのはありますが、まずこの時点で自分のことしか考えていないわけです。
 勿論、先にボタン前に人がいれば、これは当たり前の行為ですので、そういった人は別ですよ。


 ボタンの前に位置どった次は、そのボタン操作をする、という行為が第二条件です。
 これも当たり前のように見えますが、意外にボタンの前にいても、ぎりぎりで乗りたい人のために開くボタンを押すそぶりしかなかったり、携帯をいじっていて周囲を見ていないためただいるだけ、という人は多いのですよ。
 結局、立っているだけなら、第一条件でNGとされた人と何ら変わらないのです。

 そして最後の条件はボタンを押す人が降りるとき。
 ボタン前にいる=大抵先頭で降りれます。
 ですから、我先に、と降りようとする人もいらっしゃいます。
 これ自体は決して誤りとは言い切れませんが、思いやりを感じる行為ではありません。
 しかし、他の同階で降りる人のためにドアを開けておき、最後に自分が降りる人。
 ここまでできている人は、無意識でも意識的でも、思いやりがあると思っていいと思います。
 ささやかな「助け合い」の心は、個人的にこういうささやかな日常であるほど、実ははっきり見えるものだと思うのです。


●だからこそ薦める「エレベーターガール」

 ここまで書けば、「エレベーターガール」を薦めた理由も分かりますよね。
 エレベーターガールがしている行為の大半は、今回説明した思いやりを感じる行為なのですよ。
 まあ、後は変な文章で薦めるより、「エレベーターガール」とした方がインパクトもあって覚えてもらえるのではないかというのもありますが(笑)

 皆さんも、あまり人が見なさそうな、こういうささやかなところで、「助け合い」「思いやり」を見せてみませんか?
 勿論エレベーター内でなくてもかまいません。
 ただ、こういう気遣い、助け合いの気持ちを持って、生活していただければと思います。
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